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Ward三角CT値が低い大腿骨転子部骨折(AO分類31-A2)に対して水酸アパタイト注入を併用した観血的整復固定術を施行した1例

Ward三角CT値が低い大腿骨転子部骨折(AO分類31-A2)に対して水酸アパタイト注入を併用した観血的整復固定術を施行した1例:臨床雑誌整形外科掲載論文原文

増井文昭、斎藤雅人、尾立和彦、伊藤吉賢、白旗敏克、阿部哲士

Key words

proximal femur fracture(大腿骨近位部骨折)、Hydroxy appatite(水酸アパタイト)、Ward triangle(Ward三角)

はじめに

大腿骨転子部骨折(AO分類31-A2)はCHS、DHS、IMネイルによる固定で比較的良好な術後成績が得られるが、成績不良例の報告もあり、テレスコープやカットアウトの問題は十分に解決されていない。著者らは整復位/TADに問題がなかったが、テレスコープ・カットアウトを起こした症例を経験した。同症例のWard三角CT値が著しく低値を示していたことから、頚基部内部の脆弱化がテレスコープやカットアウトの原因の一つ考えた。今回、Ward三角CT値が低下している症例に対して、強度低下部分を補強する目的で水酸アパタイト注入を併用したIMネイルによる内固定を施行したので報告する。

症例

91歳 、女性

自宅で転倒受傷し、当科救急を受診、単純X像、CTで大腿骨転子部骨折(AO分類31-A2、中野分類type4、図1.2)を認めた。受傷時のCT値が骨頭213.9HU、Ward三角-32.1HUで(図3)、Ward三角CT値が著しく低かったため強度が弱い部分や骨欠損部の形状に合わせて充填できる水酸アパタイトの注入を併用したIMネイルによる観血的整復固定術(血量:少量、手術時間:20分)を施行した(図4.5.6)。術翌日から車いす・歩行訓練を開始し、術後8週テレスコープ量1mmで水酸アパタイト注入を行わなかったWard三角CT値-30HU前後の症例よりテレスコープ量が少なかった。術後5か月の現在、単純X線・CT像で骨癒合と水酸アパタイト周囲の骨新生を認め、全荷重歩行中である(図7)。

  • 水酸アパタイト注入を行わなかったWard三角CT値-30HU前後(-25.1~-32.6HU、平均-29.4HU)の大腿骨転子部骨折(AO分類31-A2)6症例:術後8週テレスコープ量2.7~6.6mm(平均5.5㎜)

考察

大腿骨転子部骨折(AO分類31-A2)はCHS(+CCS)、DHS-Blade、IMネイルによる固定で比較的良好な術後成績が得られる。合併症としてテレスコープやカットアウトがあり、原因として整復不良、骨脆弱性、血流低下などが挙げられる。近年、近位骨片を髄外へ整復して骨性支持を獲得することの重要性が報告されている1.2)。様々な配慮を行ってもテレスコープやカットアウトの報告があり、著者らも整復位/TADに問題がなかったがWard三角CT値が著しく低く、テレスコープ・カットアウトを起こした症例を経験した。大腿骨転子部骨折症例の検討でWard三角部CT値は-82.6~128.1HU、平均5.2HUで個体間に顕著な差を認めていた3)。大腿骨転子部骨折(AO分類31-A2)では近位骨片を髄外へ整復して骨性支持を獲得しても、Ward三角CT値の低下を認める際は圧迫負荷に対する強度不足は残っている。

近位骨片の安定性は骨性支持に加えて内固定材にも依存し、Antirotation pin/blade、hook、antirotation screwなど様々な工夫がなされているが4.5.6.7)、テレスコープやカットアウトの問題は十分に解決されていない。使用する内固定材としてCHS+CCS、DHS-Blade、IMネイル (antirotaion pin/blade併用)などが挙げられる4.5.6.7)。Ward三角CT値が低い症例や近位骨折部が粉砕している症例では圧迫・内反負荷に対して弱い欠点がある。著者らの大腿骨頭・Ward三角CT値の検討でWard三角CT値は個体差が大きく、平均5.2HUと低値であったのに加え、-50HU(脂肪組織にのCT値の半分)以下の症例も少なからず認めていた3)。Ward三角CT値が低い症例では骨頭内の骨梁(2cm程度)に内固定材の固定性が依存していると考えられ、Ward三角の力学的強度を上げることでテレスコープやカットアウトのリスクが軽減できると推察される。

力学的強度を上げる方法として人工骨充填があるが、水酸アパタイトは強度が弱い部分の形状に合わせて充填できる長所がある。さらに皮質骨、海綿骨の圧縮強度はそれぞれ90~160MPa、2~7 MPaに対して、水酸アパタイトの硬化体圧縮強度は30~50MPa以上であることから強度低下部分に対する補強材料として十分な強度があると考える。今回、Ward三角に水酸アパタイトを注入してIMネイルによる内固定を行った結果、水酸アパタイト注入を行わなかった症例と比較して術後8週テレスコープ量が少なかった。Ward三角CT値の著しい低下を認める症例は骨性支持が得られても圧迫負荷に弱いことが考えられ、テレスコープやカットアウトの予防に対する水酸アパタイト注入の有用性が示唆された。

参考文献

    1. 岡崎良紀、佐藤徹、塩田直史ほか
      後外側骨片を有した大腿骨転子部骨折に対するtrochanteric Stabilizing Plateの使用経験
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    2. 塩田直史、佐藤徹、鉄永智紀ほか
      大腿骨転子部骨折における術中整復位の評価と成績
      骨折35: 345-348、2013
    3. 増井文昭、斎藤雅人、尾立和彦ほか
      術後に骨頭下骨折とテレスコープ・カットアウトを認めた大腿骨頚基部骨折の1例
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    4. 阿部宗樹、瀧川直秀、森内宏充
      大腿骨頚基部骨折に対するTARGON PFの治療成績
      骨折31: 567-569、2009
    5. 岩田英敏、星野啓介、福田誠ほか
      当院における大腿骨頚基部骨折、回旋不安定性を有する大腿骨転子部骨折に対する治療成績の検討
      骨折38: 646-649、2016
    6. 岡田祥明、福田文雄、濱田大志ほか
      大腿骨頚基部骨折の治療-ガイドライン改訂第2版による
      骨折36: 932-936、2014
    7. 森下嗣威、高木徹、林智樹ほか
      大腿骨頚基部骨折の考え方とインプラント選択の問題点
      骨折33: 399-401、2011

図表説明

図1:単純X線像で大腿骨転子部骨折(AO分類31-A2)を認める

図2:3DCTで中野分類type4の大腿骨転子部骨折を認める

図3:受傷時のCTで骨頭(丸1)およびWard三角 (丸2)のCT値はそれぞれ213.9HU、-32.1HUであった

図4:ラグスクリュー挿入部をドリリング後に人工骨注入用チューブ(矢印)を骨頭内に挿入する

図5:骨頭内に注入チューブを挿入し、奥から人工骨(水酸アパタイト)を注入する

図6:骨頭内、ドリリング部から髄内釘内側縁に沿い、水酸アパタイト(矢印)を充填する

図7:術後5か月の現在、骨癒合を認めている。

図8:術後5か月の現在、骨癒合と水酸アパタイト表面の骨新生(良好な骨伝導:矢印)を認めている。