整形外科

ネコ咬創による示指MP関節・化膿性関節炎の1例

ネコ咬創による示指MP関節・化膿性関節炎の1例
臨床雑誌整形外科掲載論文原文

尾立和彦、増井文昭、斎藤雅人、為貝秀明、中野信宏、白旗敏克
千葉西総合病院整形外科・関節外科センター

症 例

66歳、女性

主 訴

右示指の痛み、腫脹

現病歴・経過

ネコに右示指を噛まれ、近医(皮膚科)で治療していたが排膿が持続するため、受傷21日目に当科を紹介受診した。MP関節橈側に排膿を伴う咬創を認め、単純X線およびCTで第2基節骨に骨破壊像を認めた(図1)。MRIでは基節骨遠位、MP関節内と周囲軟部組織に炎症像を認め、同日、初回デブリドマンを施行、術後は開放創とした(図2)。受傷より時間が経過していたため掻爬は不十分と考え、術後9日にデブリドマンを追加施行した。術後から持続陰圧療法(VAC療法)を行い治癒した。術前単純X線像でMP関節の脱臼と基節骨に骨欠損を認めたため(図3)、閉創してから8週間CRPが陰性であることを確認したうえで、患指機能を考慮した人工指関節置換術および局所皮弁術による再建術を施行した(図4)。術後8か月の現在、MP関節伸展-10度、屈曲90度、感染の再燃はなく、経過良好である(図5、6)。

血液生化学検査

WBC:9110/ul、CRP:0.81mg/dl、ESR:71mm/107mm、GOT 18IU/l、GPT 16IU/l、LDH 161 IU/l、ALP220 IU/l、TP7.4g/dl、Alb4.0g/dl、BUN 17.5mg/dl、Cr0.63mg/dl

培養検査

Pasteurella multocida

考 察

イヌ、ネコは身近にいる動物でしばしば掻傷・咬創が起こることがある。感染率はイヌ咬創約5%、ネコ咬創60~ 80%と言われている。イヌ咬創は水平で浅いことが多いが、ネコ咬創は歯が細く鋭いため垂直(puncture wound)となり、創口は小さいが深部(腱、関節包、関節・骨内)まで歯が到達していることがあり、抗菌薬投与に加えて外科的治療による厳重な治療が必要である1,2)。特に本症例のように手部・手関節などの皮下・筋肉組織が薄い所の咬創は、創が腱や関節・骨内に達している可能性があり、受傷時から深部までの十分な洗浄やデブリドマンを行うことが必要と考える。

起炎菌としてPasteurella属菌(Pasteurella multocida)、Bartonella属菌、Capnocytophaga属菌(Capnocytophaga canimorsus/ cynodegmi)、Staphylococcus属菌、Streptococcus属菌や嫌気性菌であるFusobacterium属菌などを含めて複数の菌が存在すると言われている3,4,5,6)。特にCapnocytophaga canimorsus感染症の致死率は約30%と言われ、要注意である3,5,6)。また、イヌにかまれた際は狂犬病の治療を考慮し、飼い主に狂犬病ワクチン接種歴があるかどうかを確認することも重要である。

治療は感染発症を予防するため、外科的デブリドマン、創傷の開放、抗菌薬予防投与を行う。さまざまな起炎菌を想定して抗菌スペクトルの広い抗菌薬、ラクタマーゼ阻害剤配合ラクタム系か嫌気性菌への活性を持つ第二世代セフェム、あるいはペニシリン、第一世代セフェムとクリンダマイシン、フルオロキノロンなどを投与する3,4,5,6)。また、致死率が高いCapnocytophaga感染症の抗菌薬予防投与の適応として、免疫能低下状態(脾臓摘出・肝機能異常・癌・糖尿病・高齢者・免疫抑制剤使用など)、中等度〜重度の咬創(受傷8時間以内)、深部(関節・骨内など)に及ぶ咬創が挙げられ、βラクタマーゼ阻害薬合剤(アモキシシリン/クラブラン酸:オーグメンチンやアンピシリン/スルバクタム:ユナシン)の投与が推奨されている3,5,6)。特にネコによる手部・手関節部などへの咬創ではCapnocytophaga感染症を想定して、ただちに抗菌薬の予防投与を行う必要がある。さらに、受傷当日の洗浄、デブリドマンに加えて、必ず翌日に創部状態の確認を行い、局所感染所見に増悪を認める際は、速やかに広範囲のデブリドマンと開放療法の追加治療を行うことが重要である。また、本症例のように受傷から時間が経過している症例や受傷時から関節・骨内に咬創が達している症例は、1回のデブリドマンでは十分な掻爬が行われていない可能性があり、1~2週間以内にデブリドマンの追加を行うとともに、必要に応じて持続陰圧療法(VAC療法)を併用することが有用と思われた。

参考文献

1)Babovic N, Cayci C, Carlsen BT:Cat bite infections of the hand: assessment of morbidity and predictors of severe infection. J Hand Surg Am. 39(2):286-290, 2014
2)Benson LS, Edwards SL, Schiff AP et al :Dog and cat bites to the hand: treatment and cost assessment. J Hand Surg Am. 31(3):468-473, 2006
3)荒島康友 矢久保修嗣:— Zoonosis 各論 —
犬・猫の咬掻傷感染症
新世紀・「One Health」としてのZoonosis
<第4回>Zoonosis協会編, p30-33
4)福地貴彦、森澤雄司:猫ひっかきからDIC・急性腎不全を合併したPasteurella multocida感染症の1 例 感染症学雑誌83(5):557-560, 2009
5)鈴木道雄:イヌ・ネコ咬傷・掻傷とCapnocytophaga canimorsus 感染症 モダンメディア 56 (4):71-77, 2010
6)Talan DA, Citron DM, Abrahamian FM et al:Bacteriologic Analysis of Infected Dog and Cat Bites. N Eng J Med 340:85-92, 1999

図表説明

図1:初診時CT
基節骨橈側基部に骨破壊と骨皮質の消失を認める。
図2:初回デブリドマン後
感染巣は掻爬され、開放創となっている。
図3:追加デブリドマン後の単純X線像
基節骨は掌尺側に脱臼し、橈掌側に骨欠損を認める。
図4:再建術
人工指関節置換術が行われている。
図5:人工関節置換術後のX線像
MP関節がヒンジ型人工指関節で置換されている。
図6:人工関節置換術後の写真
可動域は伸展-10度、屈曲90度となっている。

図1

図2


図3

図4


図5


図6