整形外科初期研修レジデント後記 小嶺 将平
研修医2年目の1か月間希望して整形外科研修をさせて頂きました。当院での初期研修において当直において外傷患者の救急対応をする機会が多くあります。骨折の画像診断や対応、脱臼の整復などをもっと学びたい、また入院後の経過や実際の手術はどのように行われているのかなど勉強させて頂きたいと思い選択での研修を希望しました。先生方はお忙しい業務の中一つ一つの手技や手術についてわかりやすく理論的に説明してくださり、また、数多くの手技や手術での執刀を経験させて頂き非常に多くの事を学ぶ事ができました。整形外科的な知識や手技の習得だけでなく患者との接し方や病状説明の大切さ、看護師や理学療法士などと協力しチーム医療を行う事が重要であることを強く実感する事ができました。1か月間の研修の中で多くの事を学ばせて頂きましたが、一番驚いた事は先生方が日々の業務で忙しい中、論文の執筆や臨床研究、学会発表を積極的に行っていることでした。臨床においては、エビデンスに基づいて治療を行なっていくだけでなく日々の業務の中でなにか疑問に思った事や気づいた事があればそれをとことん調べ追求していく姿勢が大事であると教えて頂きました。1か月間という短い期間ではありましたが、今後の医師としての姿勢や考え方の基盤になる事を多く学ばせて頂き本当にありがとうございました。
平成28年度臨床研修医 小嶺 将平
症 例
75歳 女性
現病歴
左人工股関節遅発感染疑いにて再置換術施行目的に当院内科より整形外科へ転科となった。
既往歴
両側股関節術後
陳旧性心筋梗塞(バイアスピリン、クロピドグレル服用)
慢性腎臓病
慢性心房細動
肝障害/薬剤性、PBC疑い
検査所見
体温 36.6℃
脈拍 80回/分
血圧 105/72mmHg
SpO2 98%
手術記録
病名:人工股関節/遅発感染、抜去術後
術式:股関節切断術
仰臥位、Boydの皮切で展開、人工股関節抜去後の骨髄出血のため、まず前方から大腿動静脈を結紮処置した。同処置にて大腿骨骨髄出血が大分おさまり、筋肉を近位/遠位を順次、ケリー鉗子でクランプ後に結紮、切離した。型の如く切断後に臼蓋を確認すると臼蓋骨髄から出血が持続していた。十分洗浄後にアミカシン5A+セメント1パックを臼蓋に硬化するまで圧をかけて充填した。軟部組織および臼蓋からの活動性出血と骨髄出血が無い事を確認した上で十分に洗浄し、臼蓋下方および後方にアビテンを塗布後に追層縫合した。
入院後経過
人工股関節遅発感染症例に対して再置換術目的で、抜去術後に出血性ショック状態となり、術中所見より骨髄出血と考えられた。輸血に反応せず、抗血小板薬服用、肝硬変による凝固能低下があり、緊急股関節切断術を施行した。術後は経過良好もリハビリ拒否強く股関節切断を受け入れられていない様子であった。幻肢痛があり、エチゾラム処方にて経過観察、リハビリを行なう事で疼痛も徐々に改善することを説明した。少しずつリハビリ行い車椅子に乗れるになったところでリハビリ病院へ転院となった。
考 察
左人工股関節遅発感染疑いにて抜去術施行後に抗血小板薬服用、肝硬変による凝固能低下のため骨髄出血が止まらず左股関節切除術を施行した一例を経験した。本症例は心筋梗塞によるPCI後であり、冠動脈狭窄(左前下行枝#7に50%、#9に75-90%)を認めていたため再狭窄のリスクを考慮しクロピドグレル継続下(循環器内科より可能なら継続内服での手術が好ましいとのコメントあり)にて手術を行った。さらに、PBCの既往があり肝機能評価の指標であるChild分類Bで周術期死亡リスク30%であった。もともと肝機能が悪いのに加えて抗血小板薬内服下の手術であり非常にハイリスクな手術であったと考える。抗血小板薬を中止しヘパリン投与を行うbridging therapyを行えば出血のリスクを減らせたのではないかと考えたが、ステント内血栓症のリスクを軽減できるというエビデンスはなく、投与中止後に凝固優位となるリバウンド現象による有害性が指摘されている。循環器疾患における抗凝固・抗血小板薬に関するガイドラインではアスピリンは手術7日前に休薬、チクロピジン塩酸塩は10~14日前に休薬し、血栓症や塞栓症のリスクが高い症例ではヘパリン投与が推奨とあるが、エビデンスレベルCと低い。一方、ステント内血栓症が起こった場合の死亡リスクは45%と高い。抗血小板薬/抗凝固薬多剤服用患者における内服継続、休薬の選択は難しい問題であるが、双方のメリット、デメリットを十分に患者に説明して決定することが重要だと思われた。次に患者の術後のリハビリについて考察する。本症例では術後創部感染など認めず順調な経過をたどったが、術後1週間が経過してもリハビリには積極的ではなく、悲観的であり希死念慮もみられるような状態であった。そこで今回は将来、精神科医として精神科救急を志している事もあり、左股関節切除術後の患者の精神面について焦点を当てて考察した。術前の患者説明にて周術期の出血リスク、死亡リスクについて十分行い、出血のコントロールがつかない場合には左股関節切除術を行う可能性がある事まで説明していた。十分納得された上での手術となったが、実際に左足を失った喪失感はかなり大きなものであったと考える。今回のように身体に障害を残した患者が、いかにしてそれを受容し適応していくかをモデル化したものにフィンクの危機モデルというものがある。衝撃(強烈な不安、パニック、無気力状態)、防御的退行(無関心、現実逃避、否認、抑圧、願望思考)、承認(無感動、怒り、抑うつ、苦悶、深い悲しみ、強い不安、再度混乱)、適応(不安減少、新しい価値観、自己イメージ確立)の4つの段階を経ると考えられているモデルである。この理論モデルは、外傷性脊髄損傷によって機能不全に陥ったケースの臨床研究と喪失に関する文献研究から成っている。対象はショック性危機に陥った中途障害者を想定しており、障害受容に至るプロセスモデルとして構築されたものである。衝撃の段階、術後から10日程度は幻肢痛などの痛みに対する不安が強くまたリハビリに対して無気力であるばかりか食事摂取も進まない状態が続いた。リハビリを促すためにご本人を励ますような言動があったが、この段階において本人はパニック状態に陥っていることが推測され、リハビリを促すような言葉かけるのではなく患者の不安や苦しみについて傾聴していく事が重要であったと考える。防御的退行、承認の段階は明らかなに区別することは困難であるように感じた。術後10~20日頃にはリハビリを試みるものの「理学療法士と馬が合わない。」「手術なんかせずに死んだ方がましだったわ。」など怒りや深い悲しみがあるように感じた。現実逃避的であったが、ご本人の話を否定することなく傾聴し、ご本人へ現在のような心理状況になっているのは、特別な事ではなく治療の経過を経過として一般的によくあることであり、徐々に精神的な抑うつも解消されていく事を平易な言葉で伝えた。効果があったかどうかは評価が難しいが表情が徐々に明るくなっていったように感じた。リハビリにて車椅子移乗が可能となったため術後34日目に施設へ転院となった。転院までの間に、徐々に不安が減少し車椅子で生活を送っていく事を受け入れられてきているような印象であり適応の段階に達しているように感じた。本症例は、抗血小板薬内服中の患者の周術期の問題、また、股関節切断における術後メンタルケアについて学ぶ事ができた貴重な症例であった。