整形外科

整形外科初期研修レジデント後記 名取 修平

当院整形外科に2か月間研修させて頂きました。救急外科外来における整形外科疾患を経験するため、また将来当科に携わることを見据えての選択でした。研修する以前は外傷疾患が主体であると考えていましたが、実際には腫瘍性疾患、変性疾患、炎症性疾患など多岐にわたる症例を経験することが出来ました。また症例ごとに治療方針の選択、術前計画、手術方法、術後管理、リハビリに至るまでに様々な行程が大切であることに気付かされました。そして、多くの患者さんが既往症、合併症を有しており必要に応じて他科との連携を図りながら内科的管理も行っていくことの重要性も痛感致しました。
当科の先生方をはじめ、スタッフの皆様のおかげで、充実した研修を送れましたことに疑う余地なく色々とご迷惑をおかけしましたが感謝する限りです。先生方のご指導を無駄にしないよう今後も精進していきたいと思います。

平成28年度臨床研修医 名取 修平

上肢壊死性筋膜炎に対し広範囲なデブリドマンにて患肢切断を免れた1例

症 例

46歳、男性。外傷などの誘因なく右手の発赤、腫脹が出現し当院受診された。右前腕部の蜂窩織炎の診断にて抗生剤の点滴(MEPM 1g/day)を開始し、採血にて高度な炎症反応を認めたため入院での治療を勧めたが、患者さんの強い希望にて外来での点滴加療となった。しかしその後来院されず、3日後に発赤、腫脹が肘まで拡大し、疼痛も著しく強くなったため救急搬送となった。

身体所見

意識清明BT: 38.0℃ BP: 168/113mmHg HR: 102/min RR: 18/min SpO2 98% (Room Air)
右手背から肘にかけて広範な発赤、腫脹を認め、右手背には水疱形成、瘻孔形成を伴っていた。

検査所見

CRP 17.07mg/dL CPK 119U/L AST 98U/L ALT 76U/L LDH 247U/L BUN 16.0mg/dL Cre 1.16mg/dL Na 132mEq/l K 3.4mEq/l Cl 100mEq/l BS 127mg/dl HbA1c 5.1% WBC 22700/μl RBC 391万/μl Hb 14.1g/dl Ht 38.5% プロカルシトニン3.21ng/mL

画像所見

単純X線像にて軟部組織陰影の増強を認め、CTおよびMRIにて、手背から前腕にかけて筋膜に沿った膿瘍形成を認めた。

壊死性軟部組織感染症の疑いにて、入院2日目に洗浄デブリドマンをおこなった。
初回手術所見

手指、手関節背側から前腕背側に皮切を加えたところ、膿の貯留あり、多量の膿が流出した。伸筋支帯を切開して伸筋腱をフリーにしたあとに壊死組織を徹底的にデブリドマンした。ついで前腕を展開するも膿の貯留認めず、コンパートメントを開放して充分にデブリドマンをおこなった。さらに骨間筋背側筋膜を切開して確認したが、骨間筋は問題なかった。手背の皮膚は一部黒色化しており切除した。続いて前腕から上腕掌側を展開するも膿の貯留なく筋肉の色調も正常であった。コンパートメントを開放して充分にデブリドマンをおこなった。イソジン含有生食5lで充分に洗浄した後、ペンローズカテーテルを留置しラフに縫合し、一部シューレース縫合を行った。

術後経過

術翌日より、薬浴、フィブラストスプレー噴霧、プロスタンディン軟膏塗布、ガーゼ保護を行った。また、抗生剤投与(CEZ 2g/day)を継続した。創部培養にてA群β-Streptococcusが検出された。病理組織検査では、好中球を主体とした高度の炎症性細胞浸潤、膿瘍形成、壊死性変化を認める軟部組織像の所見であり、壊死性筋膜炎と診断した。初回手術後10日目にSecond Lookデブリドマンを施行し、その後も薬浴処置を継続した。徐々に創部の発赤、腫脹が改善し、CRPも陰性化したため、退院にて外来経過観察とした。

2回目手術所見

開放創表層の壊死組織を切除すると良好な肉芽形成を認めた。手背部辺縁の壊死した皮膚を切除したのちに充分に洗浄後、皮膚緊張の無い部分は縫合し、緊張を認める部分はシューレース縫合とした。

考 察

壊死性軟部組織感染症(Necrotizing soft-tissue infection : NSTI)にはガス壊疽と壊死性筋膜炎があるが、それぞれ炎症の部位が異なっている。ガス壊疽は深部に感染が存在し、ガス産生が認められる。壊死性筋膜炎は病巣の主座が筋膜に存在している。ガス壊疽はクロストリジウム性ガス壊疽と非クロストリジウム性ガス壊疽に分類される。クロストリジウムは、偏性嫌気性の芽胞を持つグラム陽性桿菌であり、土壌、ヒトや動物の腸管内に生息する常在菌である。皮下などの嫌気的条件下で増殖し、毒素を産生する。疼痛、腫脹とともに局所の圧迫により握雪感を認めることがある。外科的デブリドマンに加え、高気圧酸素療法が有効である。非クロストリジウム性ガス壊疽は通常、大腸菌、Bacteroides fragilis、嫌気性連鎖球菌や Klebsiella などの菌の混合感染で起こる。ほとんどの場合、糖尿病や肝機能不全、悪性腫瘍などの Compromised host に起こり、高齢者に多く、う歯、虫垂炎、 痔核、靴擦れ、糖尿病性壊疽に続発することが多い。進行は緩徐で皮膚に壊死が現れる頃には筋組織を含めた広範囲な壊死となっているため、注意を要する。壊死性筋膜炎には、通常の壊死性筋膜炎と特殊な壊死性筋膜炎に分類され、特殊な壊死性筋膜炎はさらに劇症型A群β溶連菌感染症とビブリオ壊死性筋膜炎に分類される。起因菌としては黄色ブドウ球菌、溶連菌、大腸菌、嫌気性菌、Vibrio vulnificus、Aeromonas属などの様々な細菌により起こりる。 特に壊死性筋膜炎の中でA群β溶連菌により TSS(Toxic Shock like Syndrome)をきたすもの は劇症型A群β溶連菌感染症と分類され、1987年米国にて最初に報告され「ヒト食いバクテ リア」などと呼ばれている。広範囲な筋膜炎に加え、急性腎不全、血圧低下を発症24時間以内に合併するため、早期診断、治療が極めて重要である。危険因子として高齢、糖尿病、肝硬変、免疫抑制状態、透析、悪性腫瘍などがある。壊死性筋膜炎は蜂窩織炎と比較して、①持続する疼痛、②皮膚の水疱、壊死、紅斑の範囲を超えた浮腫の広がり、③急速な進行、④意識障害や臓器障害の合併があるとされるが、初期には鑑別困難である。しかしながら診断と治療の遅れは四肢のみならず生命をも失われる。そのため、初療にあたる医師が感染症に対する豊富な知識を持ち、紅斑の広がる早さ、水疱形成の有無、バイタルサインの変化を継時的に注意深く観察し、早期の診断と、早期に広範なデブリドマンを行うことが重要である。感染の進行が急速でToxic Shock like Syndromeに移行する徴候がある場合は、救命のために患肢の切断を余儀無くされることもある。本症例では入院後、可及的速やかなデブリドマン、適切な抗菌薬の全身投与、Second Lookデブリドマンの施行、薬浴の継続にて患肢温存が可能であった。蜂窩織炎をはじめとする軟部組織感染症の治療をする際には、壊死性軟部組織感染症の初期である可能性を常に念頭におき、継時的な評価、治療をしていくことが大切であると考えられた。

初回デブリドマン(術中)
初回デブリドマン(術後)
Second Lookデブリドマン(術前)
Second Lookデブリドマン(術後)